文 ヨシタケシンスケ
絵 同上
発行 ブロンズ新社
初版 2014/9/25
対象年齢 5歳から
文字の量 やや少なめ
ページ数 32ページ
発行部数 不明
オススメ度 B
ぼくのニセモノをつくるには のあらすじ・内容
小学生のけんたは宿題や部屋の掃除など諸々のことが嫌で仕方ありません。
ある日ふと自分のニセモノを作ってそいつに嫌なことをやらせようと考え、お小遣いをはたいてロボットを買います。そしてロボットが自分と同じように行動できて、他の人にニセモノださとられないよう、自分の事について詳しく話してきかせます…
前置きというか前提はそんな感じです。あとは自分という存在を色んな面から分析していくという内容でそれこそがこの本のメインになります。ストーリーのあるお話ではありません。ユーモアたっぷりの発想絵本です。
ぼくのニセモノをつくるには の解説・感想
本作では『自分』が分析の対象
面白かった『りんごかもしれない』に続く作品です。前作ではリンゴというものを奇想天外な切り口で考察し想像を広げていきましたが、本作では自分という存在を徹底的に分析していきます。
まずは「ぼくはなまえとかぞくがある」という切り口で分析。名前、性別、誕生日、家族構成などの情報を紹介しています。ここらへんはまあの情報です。
次は「ぼくは外からみるとこんなかんじ」という切り口でけんたの体を分析。ここらへんから徐々にヨシタケシンスケ節が出始めます。足のところには「くつしたによくあながあいている」とかいったどうでもいいようなマニアックな情報が公開されています(笑)
「ぼくにできること」として「カニにはさまれてもがまんする」とか(笑)これは描かれているけんたの表情がとっても可笑しい。
他にもいろんな切り口で自己を分析していきます。
- すきなものときらいなものがある
- できることとできないことがある
- むかしからぼく(生まれてから今までの成長があって現在がある。昔のぼくもぼく)
- おとうさんとおかあさんのこども(続いてきた命のつながり)
- あとがのこる(他者がそれをみてけんたが原因だとわかるもの)
- マシーンである(ぼくはうんち製造マシーンであったり、靴下をボロボロにするマシーンである、等々)
- まだつくりとちゅう(ぼくはまだ成長の途中であり、将来こんな人になるかも知れない)
- コロコロかわる(ぼくのきもちはコロコロかわる)
- たぶん人気者(周囲の人々によるけんたの人物評はけんた自身の想像とはだいぶ違う)
- いろんな居場所がある(その時々にいる場所によって自分の役割は違う)
- ぼくしかしらないことがある(ぼくの頭の中はぼくしか入れないぼくだけの世界)
- ひとりしかいない(人間は一人ひとり世界に一つだけの木)
読み聞かせよりも子どもが一人で読んだ方がいいかも
読んでてクスッと笑っちゃうタイプのユーモアです。読み聞かせるよりもこどもが一人で読めるならその方が楽しめると思います。
ヨシタケシンスケさんの絵本は著者の妄想力の賜物だと思います。読者の子どもにはこの絵本で健全に妄想にひたることを自然に覚えてほしいです。健全な妄想力は、社会の仕組みや科学、芸術、人間関係、娯楽など世の中の色んな事を維持・発展させていく力になると思います。想像力と言ってもいいのですが、それだと楽しむ姿勢があまり感じられないので、やっぱり妄想力。健全な妄想力を育んでこれからの人生を楽しんで、そしていいものにしてもらいたいと思うのです。それにはやっぱり一人で読む方がいいよなと思うのです。
新しい視点を与えてくれる
この本はユーモアだけの本ではありません。自分を客観的に観察した時に見えてくる様々な事実に気づかせてくれます。ぼくはお父さんとお母さんのこどもであるがお父さんお母さんにもそれぞれお父さんお母さんがいて、その先にも無数の人たちがいて、そこからぼくにつながっているという事。ぼくはまだ成長途中だからこの先すごい人になっちゃうかもしれないのだという事。ぼく自身とは別に周りの人達の頭のなかにはぼくに関するイメージ(分身)がいるのだという事。ぼくの頭の中には他の人が知ることができないぼくにしかわからないことがあるのだという事。そんな沢山の気付きをいつの間にか与えてくれる本です。
何だかある意味哲学的な本ですよね。自分とは何なのか、自分を取り巻く世界と自分との関係はどのようなものなのか、そんな事を考えている本でもあるようです。
分析・発想の仕方を自然に学ぶ
『りんごかもしれない』もそうでしたが、ヨシタケシンスケさんは様々なフレームワうーク(分析の切り口)を作るのがうまいですね。そこから発想を広げていってるように見えます。フレームワークを作る能力、フレームワークは自分で自由に作りうるという認識、これらは社会に出てから大きな武器になると私は思います。そういう点でもこの本がこどもにいい刺激を与えてくれたらと思いました。
面白くてタメになるは最強
ここまでご紹介してきたように、本書は教育的にもとても意義の大きい絵本だと思うのですが、それでいて大上段から構えずに、ユーモアをたっぷり交えて笑いながら読めるところ、一見かる~く見せてるところ、がさらにすごいところだと思います。ユーモアについては上でご紹介してきたので、一見かる~く見せてるところについてちょっとご紹介しましょう。下の文章なんてすごくいい事を言ってるのですが、全然説教臭くないんですよね。(ぼくは『ひとりしかいない』の部分より。)
じぶんの木を 気にいってるかどうかが いちばん だいじらしい。
読者と同じ目線であるけんたがおばあちゃんから聞いた話として書かれています。『らしい』となってると、読者はこれを説教とは捉えないでしょう。けんた自身もよくわかっていない事が伺えます。でもそれでいて、読者は噂話のように興味を惹かれると思います。
本書を読んだ親御さんには著者のヨシタケシンスケさんに親近感をおぼえる方が多いかと思います。大人って子どもよりも経験が多い分知識はありますけど、それはあくまでも相対的なものです。大人だからってそんな大したもんじゃありません、日々悩みながら一喜一憂しながら生きているわけです。ヨシタケシンスケさんはそれを忘れずに、自分がよく知らないことを知らないこととしてちゃんと区別していて、安易にわかった風な事を言わない謙虚な人なんじゃないかなという気がします。それがこの作風につながっているんじゃないかな。
対象年齢を5歳からにしましたが、小学生高学年であっても面白く読んでもらえると思いますよ。いやむしろある程度高めの年齢の方が楽しめるかも知れません。
ウチの子がこの本を一人で読んでいる時、時々クスッと笑っているのが聞こえてきました。あとで聞いたらとても面白かったそうです。
最後がまたヨシタケシンスケさんらしいクスッと笑えるオチでいいですね。これだけ、けんたの情報を入力したのだから、当初の目論見はうまくいくだろうと思われましたが…
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