著者 小沢真理
発行 講談社
初版 1993/9
対象 幼児~小学生

世界でいちばん優しい音楽 の解説・感想


最初にお断りしておきますが、これはいわゆる育児本ではありません。普通にストーリーのある漫画です。育児がテーマの漫画とも言えないです。

タイトルの『世界でいちばん優しい音楽』ってなんの事でしょう。実は冒頭に明かされます。主人公の一人娘である高校生のんのんが最近読んだことがある小説に書いてあったのです。年老いたバンドマンが泊まった安ホテルで、隣の部屋の若いカップルが愛し合う声や音が聞こえてきます。バンドマンはそれを『世界でいちばん優しい音楽』と思いながら微睡むのです。本作は『世界でいちばん優しい音楽』=愛 が夫婦や恋人、親子といろんな関係の中で表される漫画です。

でもこの漫画は下手な育児本よりも遥かに有用な気づきを与えてくれます。漫画というものの力(説得力、わかりやすさ)をあらためて感じました。育児で忙しくて精神的に煮詰まってしまった時に、気持ちをリセットしたり、見失っているものを取り戻すキッカケにもなりうると思います。

ざっくりとしたストーリーは次の通りです。

高原菫子(スウ)と高原のぞみ(のんのん)の母娘のお話です。スウは高校生の時、大学1年になる皓と出会います。スウはその時事故で両親を失っており、残された家でアルバイトをしながら一人暮らしをしていました。彼女の家族は生前貧しいながらも仲の良い幸せな生活をしていました。皓は大企業グループの社長を父に持ち裕福な家庭でしたが、家族間の関係は冷え切っており、寂しい毎日を送っていました。出会った当初、二人はお互いの人生観の違いからすれ違っていましたが、徐々に理解を深め愛し合うようになります。やがてスウが妊娠。皓は二人の結婚を反対する両親の元を出て、二人で温かい家族を作ろうとスウの家で共に暮らし始めます。そして工事現場で働き始めた皓でしたが、事故で命を落とします。まだ籍も入れておらず、のんのんも生まれていません。ここまでが前提で、第二話で語られます。

前提は悲惨ですが、ここからはとても前向きな明るいお話になります。第三話からシングルマザーとして働くスウと保育園に通うのんのんの二人を中心としたお話が始まります。仕事、人間関係、子育てに悩みはつきないスウですが、生来のおっとりした優しい性格とそれでいて芯の通った自分の考え方を持った人間性で、周りの幾人かの人に愛され助けられながら毎日を頑張っています。のんのんも子どもなりに日々を一生懸命に生きています。母娘は時にはすれ違うこともありますがとても仲良しです。大筋として、やがてもう一人の大事なキャラクターが現れるのですが、そこは今はおいておきましょう。

スウがのんのんをぎゅーっとする場面が、もう作中に何遍も何遍も出てきますよ。お話の中でぎゅーっの大切さをスウが訴えたりもします。第一話だけはのんのんが高校生の時のエピソードです。自分の存在が母親の人生を邪魔してきたのではないかと悩むのんのんですが、今までに恐らくスウにぎゅーっとされながら何度となく囁かれたであろう愛の言葉が彼女を救います。愛していることを行動と言葉で伝えてきたことが、彼女の力になっているのです。

物語の随所に子育ての喜び、悩み、難しさが描かれています。スウものんのんも人間ですから言ってはいけない事を言ったり、してはいけないことをすることもあります。でも家族の間でそんな風に間違いをしでかしてもやり直しはできるという事が何度も繰り返し表されています。そこがまず育児をする親にとって救いであり、勇気づけられるところだと思います。そしてまたやり直すために何が大切かも教えてくれます。

3巻の巻末にあるミニ漫画で著者に幼児園児がいることがわかります。現実に育児をされながらの執筆だったみたいです。リアルタイムだからこそ書けた部分ももしかしたらあるかも知れませんね。子どもとの時間が好きで今を大切にしようとする主人公のスウですが、そこのところは著者自身の育児姿勢だったのかも知れません。

巷には色んな育児に関する漫画がありますよね。母の苦労あるあるを赤裸々に描いて共感できる漫画とか、子どものかわいいエピソードの数々を紹介して癒やされる漫画とか。その中で本作品がどういうタイプかと言うと、共感や癒やしの要素も多く含まれているとは思いますが、一番は子育ての幸せを思い出させてくれる詩のような優しい作風かな。現実はこんな生易しいもんじゃないよってこれを読んで思う方もおられるかも知れません。日常的な苦労の描写は確かにちょっと少なめかも。私は男ですし女性から見たら余計そうかも知れません。が、普段子育てでいっぱいいっぱいの時に、説教くさい内容や、自分同様に子育てで苦労しまくりの内容なんて読みたくない人も多いでしょう。この漫画はむしろ煮詰まった心をやんわりとほぐしてくれるかも知れませんよ。人それぞれですからわかりませんけど、こういう漫画を必要とする人も多くいるのではないかなと思ってご紹介した次第です。

上の表紙イラストのリンク先は第一巻の電子書籍(楽天kobo)のページになります。全8巻完結になります。電子書籍は無料のアプリを入れればパソコンやタブレットで見ることができます。スマホでも使えないことはないでしょうが、画面が小さく見づらくて現実的ではないと思います。紙のコミックの新品入手は今はできないようです。中古ならば手に入ると思いますのでネットで検索してみてください。

小沢真理さんは家族をテーマにした名作を多く手がけられています。本作が気に入ったら他の作品も見てみてください。現在私が読んでる最中の作品 → 『銀のスプーン』『たんぽぽの綿毛』 あと、今後読みたいのがドラマ化もされた『ニコニコ日記』です。